世界経済の発展は何もヨーロッパに限って起ったわけではなく,近年では東アジアからインド洋にかけて盛んだった海洋交易を含めたもっと幅広い世界経済の発展史が見直されつつある。しかし,それにもかかわらず,近代世界経済発展に大きな契機なりキッカケを与え,これを主導したのは何といっても西ヨーロッパでの経済発展であった。また,その西ヨーロッパの経済発展の裏にはこれを可能にした政治や(宗教を含む)社会の変革があり,それらと関連した軍事的優位の確立があった。そのエネルギーが15世紀末から18世紀にかけての大航海時代を現出し,世界経済は良かれ悪しかれ西ヨーロッバの軍事力とそれを支えた経済力によって次第に一つの市場として結びつけられ,統合されていったのである。
 その西ヨーロッパの近代化ももちろん一朝一夕にできたものではなく,ゲルマン系を主体とした人たちが,5世紀末にローマ帝国が滅びた後,ギリシャ・ローマ文明とキリスト教を受け入れながら約千年かけて,政治,経済,社会のさまざまな面での整備がなされた結果である。この間,同じヨーロッパでも地中海側のラテン系の地域は経済や軍事面で一時はかなり先行し,15世紀から17世紀前半にかけての大航海時代も彼らが主導したのであった。だが,本来的に生真面目で質実剛健なゲルマン系の人々は,やや堕落し形骸化してきていたキリスト教も彼らのメンタリティないしは精神風土に適合させながら,勤倹貯蓄を積極的な美徳とする近代資本主義の精神を醸成するなど,近代化の準備を深く,幅広く着実に進めていた。そして彼らゲルマン系の人たちを中心とした西ヨーロッパ(地理的には特に北西ヨーロソパ)の諸国がやがて世界政治の,そして世界経済の覇権を握ることになる。中でもイギリスは,ヨーロッパ大陸と海を隔てた西の外れにあって,比較的自前のペースで政治経済発展を実現できたこともあって,1588年のスペイン無敵艦隊に対する勝利からちょうど百年後1688年には名誉革命という政治革命を達成,さらに1760年代から1830年代にかけての産業革命(第一次産業革命とも言う)により世界一の工業国になっていった。
 この過程で@19世紀後半辺りから世界経済と呼べるものが次第に姿を現わしてくる。しかし,貿易が非常に多量になって世界経済が一つの市場として結びつけられ,市場という言葉が本来意味する一物一価に多少とも近いような状態が実現してくるのはA19世紀後半になってイギリスに続いて西ヨーロッパ大陸諸国で産業革命が本格化すると同時に,B自由貿易が世界的に拡まってきてからである。1870年代以降の自由貿易時代がまさにそのように言えよう。それ以前,ことに18世紀までの世界貿易にはまだ冒険的,一攫千金的要素が多少とも残っていたということであろう。そして,19世紀に入る辺りから世界貿易の量が飛躍的に増え始めるとともに,世界経済が急速に発展し,それから更に数十年かけて世界経済が実質的に形成されてくるのである。